チャイナなブログ ANDOR Kishimura

三国志など中国語のドラマや日常情報について綴ります

三国志 劉備、諸葛亮に蜀漢を託す。≪three kingdoms 82~83集≫

お久しぶりに三国志の話題です。
 
日中関係は依然として、あまり良くは有りませんが、こんな時こそ文化交流はやめるべきではないと思います。
だから三国志、と言う訳ではありませんが・・・(単純に好きなだけです)
 
 さて、白帝城で臨終の床についた劉備劉備蜀漢の後事を諸葛亮に託しました。
 
劉備は偉いな~」と思ったのは、次期王の座を必ずしも自分の息子「劉禅」に渡そうとしなかった事です。
創業者の大多数は、最初は有能な部下に次期社長を譲ろうと思うのですが、年を取るにつれて結局自分の血筋を後継ぎにしてしまい、有能な部下が離れていくケースが多いものです。
しかし、劉備は大局に立った決断をしています。
 
劉備諸葛亮にこう言っています。
劉禅が王位を継ぐに相応しければ、補佐して欲しい。しかし、取るに足らない人間ならば、諸葛先生が王になり蜀漢を治めてほしい」
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それも、息子の前で。これは なかなか言えない言葉です。
 
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諸葛亮は深く感動し、劉禅を補佐する事を誓います。(関係無いですが、諸葛亮も老けましたね…)
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深読みすれば、劉備諸葛亮の勘所を分かっていて、断る事を前提にワザとこんな事を言ったのかもしれません。
そうだとすれば、自分の命を掛けた最後の大勝負とも言えますね…。
 
劉備は人を使う器で、諸葛亮は優れた能力を持っていたけれど、臣下となる人だったのかもしれません。(考えすぎかな)
 
また、劉備は自分の息子はあんまり出来が良くない事も分かっていて、諸葛亮に彼の義父になってくれるように頼みます。
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これも、賢い託し方だったな、と思います。
 
さて、劉備の死は 直ぐに東呉や魏に伝わります。
曹丕は即蜀漢攻めするべく、司馬懿に献策を依頼します。
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司馬懿は「五路の策」を曹丕に授け、曹丕は実行を決意。司馬懿は自分に軍を任せてもらうように願いますが、曹丕はこれを拒否します。
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曹操の「司馬懿を用いよ。しかし、これを遠ざけよ」との言葉に従った訳ですが、司馬懿の才能は認めながら、信頼はしていなかったのですね。司馬懿の忠誠心は表向きだけだった事を分かっていたんですね。
曹丕はしばしば残忍な王としてのみ表現されますが、結構優れた人だったように思います。
曹操曹丕曹植は三曹とも呼ばれ、詩文の才もあったようです。この「新三国」では 曹丕を丁寧に描いていて面白く思います。
 
劉備の後を継いで王になった劉禅は、魏の攻撃の報を聞きうろたえますが、そこは諸葛亮、抜かりは有りません。
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諸葛亮は、魏国の「五路の策」の対策を次々に劉禅に示し、劉禅はすっかり安心します。
 
更に、諸葛亮は魏がすでに東呉との連携に動いたと見て、蜀呉同盟を堅固なものにする為「馬稷」を東呉に送り込みます。(関係無いですが、この諸葛亮は男前ですね~)
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次回は 馬稷の見せ場です!命懸けの呉王説得。
昔の人は肝が据わってたんですね~