チャイナなブログ ANDOR Kishimura

三国志など中国語のドラマや日常情報について綴ります

三国志 馬超 エキゾチック?な虎将 ≪three kingdoms-61~67≫

三国志」を第79集まで視終わり、劉備は蜀の初代皇帝となっています。
諸葛亮も蜀の承相に出世しています。
皇帝になってからの劉備には不幸が続き、関羽張飛も既にこの世の人ではありません。
劉備はとても孤独な人になっていて、諸葛亮趙雲ともうまくかみ合わず、特に諸葛亮には遠慮も有ってキツイ言葉は言いませんが、かなり距離を置いています。
何だか悲しいですね・・・
 
さて、本題。本日は「馬超」!
 
馬超は蜀の五虎将軍の一人です。
呂布に劣らない一騎当千の武勇人として、諸国に名の知られた存在です。
新三国でも、許褚や張飛との一騎打ちは大迫力!
騎馬でのぶつかり合い、疲れを知らない戦いぶりは相当な見ものです。
 
それにしても、新三国の馬超は他の武将とヘアスタイルが違っています。
馬超の本拠地「西涼」は、元々「董卓」が支配していましたが、「董卓」が「呂布」に滅ぼされてから、「馬騰」が「羌族」と協力して統治していたようです。
ウィキペディアには、「羌族」は漢民族ではなく、遊牧民チベット系に属していたと書かれています。
なので、ヘアスタイルも「羌族」風なのでしょうか。
更に彼の父「馬騰」は漢族と羌族との混血だったようですから、羌族の習慣にも慣れていたかもです。
 
馬超」自身の風貌は 百度百科によると・・・
「顔は白粉を刷いたように白く、唇は紅を差したようだ。堂々たる体躯で広い腰、そして目は流星の様だ」
(↓新三国の馬超は色白ではないですが…やっぱチベット系??)
イメージ 1
 
 
これを読むと、色白の男前で眼も真っ黒ではなく光を感じるような薄めの色、(お父さんがチベット系との混血と言うけれど)白人系だったのかな?と言う気もしますね~
 
そこで、百度百科の「西涼」を調べると「回族」の自治区とあり、回族は中東アラブ系となっています。
日本のウィキと中国の百度百科では、ちょっと違うようですね~
 
いずれにしても、男前で強い、超カッコいい武将だったんですね~。
会ってみたいな~(*^_^*)