関西への思い
私の父は 大阪堂島で生まれ育ち、大学は京都でしたが、職場はまたしても堂島に舞い戻り。(殆ど動いてないやん・・・)
そういう訳で、私は子供の頃から 父母の子供時代の大阪の話を良く聞かされていました。
大阪市を流れる淀川は、昔は非常に美しい河で、シジミを捕ることができたらしいです。
実家には 無名の画家が描いた「淀川河川敷」の画があり、それを見ると、葦が生えていて、自然そのままの美しい河川風景が広がっています。
また、父の住んでいた堂島では米相場が立ち、その取引の為に米俵をたくさん積んだ舟が水路を行き交って大変な賑わいだったようです。
「江戸は八百八町、大坂は八百八橋」と言います。
これは、大阪の町が細かい水路で繋がっていて、水路が物資や人の流通を担っており、その上にたくさんの橋が架かっていたからです。
だからだと思いますが、大阪の町には「橋」がつく町名が本当に多いのです。
私は「大阪弁」も大好きです。
祖母は「船場ことば」を話す人でしたが、とても温かい言葉でした。
吉本芸人さんの言葉が大阪弁と思われているみたいですが、あれは吉本弁。
かなりデフォルメされていて、本来の大阪ことばとは違います。
特に、さんまさんの言葉は全く違いますね。
子供のころ、食事の後「ごちそうさま」と言うと「よろしゅうお上がり」と返ってきたり、出かけるときに「お早うお帰り」と声をかけて貰った事は今も良く覚えています。
余談ですが、関西弁は頑張っている方言だと思いますが、残念なのは、他地方の方言が絶滅危惧種化している事です。言葉は文化の凝縮。
全員が関東言葉になったら、個性も特色も無くなります。
方言はとても美しいのに、もったいない!と思っています。
大阪は独特の自由な気風を持っていて、それは武家に支配されない、商人の町だから、と言われてきました。そんな空気感が新しいものを生んで来ました。
北浜では、世界で初めて「先物取引」を始めました。それも江戸時代に始まっていたそうです。
私は 大阪や関西が大好き。
日本の関西人であることは、私のアイデンティティーの重要な部分です。
関西の大手企業は 東京に本社を置かないで、関西で頑張って頂きたいなあ、と思う今日この頃です。